Door to Reactor Simulation

1.3 計算に必要となる物性値


< Update : Nov. 21 2008 >

反応を考慮するシミュレーションでは様々な物性値が必要となり,ソフトウェアが手元に用意されていても,すぐに計算出来るのは比較的簡易なモデルに限られていることも珍しくありません.ここでは,CFD-ACE+のような汎用のソフトウェアが利用できると仮定し,更に必要となる物性値にどのようなものがあるかを考えてみます.

まず,反応を考慮する以前に,熱解析が非常に重要であることを先にご紹介しましたが,熱解析の段階で,幾つかの物性値や固有の値を調べておく必要があります.具体的には,反応炉を構成する部材の熱伝導率と輻射率・吸収係数(光学的に半透明な部材に対して)が必要となり,特に熱伝導率については,多くの場合に温度に依存したデータが必要となります.また,非定常解析を行う場合は,密度や比熱も必須となります.温度依存性を無視して定数として扱う場合,比較的常温に近い条件に限られてしまうことが多いでしょう.

輻射率については,プロセスによって生じる膜付着が生じる場合,その膜がついた状態での輻射率も準備しておきたいところです.ある程度厚みを持ったバルクと薄膜とでは,厳密には輻射率が異なりますが,一般的にある程度の厚みになるとバルクと同程度の輻射率を持ちます.図面だけ見て計算モデルを準備すると,しばしば,堆積している膜の影響を考慮に含め忘れてしまいますので,温度測定を行う反応炉をベントする機会があれば,内部を事前に調べ,膜の堆積している状況を確認して,膜の輻射率も調べておくことをお薦めします.

CFD-ACE+の輻射モデルには,Surface to Surface,Discrete Ordinate の他に,P1 や Monte Carlo(MC)等が用意されています.MC の場合には,複素屈折率のデータが必要となります.各波長毎(60行に分割します)に,温度の多項式で近似された実数部と虚数部のデータを準備することになりますが,屈折や全反射といった現象を考慮出来る点においては,他の輻射モデルよりも優れています.

また,誘導加熱を行う装置の場合は,絶縁物でない限り,電気伝導率(又は,抵抗率)を準備する必要があります.これについても,温度依存として準備する必要があります.CFD-ACE+ では,誘導加熱を熱解析の中で行うことが出来ますが,温度が変わると熱伝導率が変わり,その影響で再び温度が変わる,という繰り返しになりますので,収束には少し時間を要するかもしれません.なお,プラズマの場合は別として,例えば空気の場合,5,000℃を超えないとイオンはほとんど存在しませんから,通常の熱CVD等の場合では,流体は絶縁物として見なし,誘導加熱は固体でのみ考慮すれば十分と思われます.

流体部については,反応を考慮しない場合でも,粘性係数や熱伝導率,比熱に相互拡散係数,等の物性値が必要となります(熱解析の場合,単一ガスを用いて計測・比較する場合は,相互拡散係数は現れません).これらの値も,一般には温度に依存しますので,温度依存として与える必要があります.なお,Kinetic Theory や JANNAF 係数を用いるオプションを選択する場合,それらの流体の物性値は内部で自動的に計算してくれますので,CVD のような反応を考慮した計算では,しばしば用いられています.

Kinetic Theory では,Lennard-Jones Parameter (参考外部サイト:レナード-ジョーンズ・ポテンシャル)と呼ばれる一組のセットとして知られる物性値が必要となります(混合気体の特性と無次元数の見積もり でも使っています).Kinetic Theory は,分子を「球」と仮定した理論なので,例えば,結合手の多い大きな分子の場合,必ずしも良い近似となる保障はありません.しかしながら,これ以上に簡単で精度の高い理論も知られていないと思われ,CVD の計算の分野では標準的に使われています.もし,信頼出来る計測データがあるのであれば,その値を用いた方が無難でしょう.

ちなみに,混合ガスの物性値は,その割合によってほぼ線形に変化するものもあれば,極値を持つように変化するものもあります.例えば,アンモニアと水素の混合ガスにおいて,NH3 の割合(モル分率)に依存した混合ガスの粘性係数の変化を示したのが,Fig. 1 になります.

水素とアンモニアが混合したガスの粘性係数(@300K)

Fig. 1 水素とアンモニアが混合したガスの粘性係数(@300K)

ちなみに,1000Kでは上に凸の傾向は同じですが,アンモニアの割合が増えるにつれて粘性係数は単調に増加します.

反応を考慮する場合,新しく species を追加したい場合もあると思われます.その場合は,少なくとも以下のような値を調べておく必要があるでしょう.以下に整理しておきます.

[1] 分子量(Molecular Weight)
[2] レナード-ジョーンズ パラメータ(Lennard-Jones Parameters)
[3] JANNAF 係数(又は,NIST で知られるような多項式近似式の各係数)

JANNAF 係数は,比熱( Cp ),エンタルピー( Enthalpy )・エントロピー( Entropy )の計算に必要となります.混合気体の特性と無次元数の見積もり でも紹介しています.

表面反応を考慮する場合は,少なくとも,堆積・エッチングされる膜の密度( kg/m3 )が必要になります.ソルバーは,表面反応を考慮する際に,反応を考慮する境界におけるフラックス( kg/m2-s )に相当する値を計算しますが,フラックスを密度で割ると,m/s の単位になり,いわゆるデポレートやエッチレートに換算されることになります.

解析モデルの中に,多孔質体( porous media としばしば呼ばれます)が含まれる場合は,その多孔質体の性質に関係する定数が必要になってきます.CVD装置の場合,シャワーヘッド(小さな孔が多数設けられた板)が利用されているものも少なくありませんが,小さな孔を全て計算に考慮するのは一般的ではないため,多孔質体にモデル化して計算に考慮する場合も多いでしょう.シャワーヘッドのモデル化に関しては別の機会にご紹介したいと思いますが,ソフトウェアが持つ標準的なデータだけでは CVD装置の計算をすぐに行えるわけではなく,材料メーカに相談したり,色々なデータベースを調べる必要が生じるのが一般的です.

その他にも,必要な物性値は考慮する物理モデルによって増えるかも知れません.計算を走らせる前に,どのようなモデルを解析しようとしているのか,広い視野で眺めてみることをお薦めします.

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