気体の粘性係数や熱伝導率,混合ガス中の相互拡散係数といった値は,アプリケーションソフトウェアを使えば簡単に計算することが出来ます.しかしながら,これらの値は,実際に計算モデルを作成してシミュレーションを実行する前に,Excel 等を利用して簡単に計算・確認することも可能です.
これまでの経験では,シミュレーションのモデルを作成する前に,混合ガスの平均分子量や拡散係数のオーダー,レイノルズ数といった無次元数を事前に見積もっておくことで,計算格子の寸法や疎密を考える際に,大まかな指針を与えてくれることもあり,決して損にはなりません.
以下の例では,幾つかの基本的な物性値を入力することで気体の特性や無次元数の値を計算した例をご紹介します.なお,計算に用いた Excel File は無償にてご提供することが可能ですので,興味のある方はお問い合わせ下さい(カスタマイズをご希望の場合には,別途ご相談させて頂きます).
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実測値が見つかる場合は,それらの値を参照して頂けば良いのですが,気体の特性は,その多くが温度や圧力に依存する為,厳密には,反応炉の内部でも分布を持っています.その為,特性の見積もりには,温度と圧力に依存した計算式がしばしば必要となります.
Excel sheet は,3つに分けています.
最初の sheet では,温度と圧力,導入ガスの分子量と Lennard-Jones Parameter と呼ばれる一組の値,及び,定圧比熱を準備することで,粘性係数と熱伝導率を計算し,更に,別 sheet で準備したガスの流量を元に,混合ガスとしての粘性係数,熱伝導率,相互拡散係数,混合ガスとしてに比熱やガスの密度を計算しています.また,特性長を仮定することで,レイノルズ数,ペクレ数,及びプラントル数などの無次元数を計算してみました.
sheet-1 : properties
緑色で示された数値は,user の方が入力すべき箇所になります.
赤く表示されている数値は,全て,計算結果を意味します.
比熱は,直接入力することも可能ですが,上記の例では,別 sheet で見積もった値を参照しています.
以下,入力すべき箇所の意味を簡単に説明します.
Mol.W. | 分子量( Molecular Weight ) |
Col.Dia. | 特性直径( Colision Diamiter ) |
Char. E. | 特性エネルギー( Characteristic Energy ) |
Cp | 定圧比熱( Specific Heat ) |
得られた結果として,ガス単体としての粘性係数及び熱伝導率を示しています.
viscosity for gas | 粘性係数 |
thermal conductivity for gas | 熱伝導率 |
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混合ガスとしての特性を計算するには,流量比が必要となります.これらの値は,次の sheet で入力します.
sheet -2 : mixture
この例では,N2(窒素)と O2(酸素)を例に取っています.
緑色で示されている流量( flow rate )は,最初の sheet と同様,user の方が入力すべき箇所になります.多くの流量計で利用される sccm を単位に採用しています.
計算された結果は,以下の通りです.
flow rate [kg/s] | 質量流量 |
mass frac. | 質量分率 |
molar frac. | 体積分率( モル分率) |
avg_M.W. | 平均分子量 [kg/kmol] |
total flow [sccm] | 総流量 [sccm] |
total flow [kg/s] | 総質量流量 [kg/s] |
avg_Dens. | 平均ガス密度 [kg/m3] |
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mean velocity | 平均速度 [m/s] |
flux onto wall | 壁への入射量 [#/m2] |
mean free path | 平均自由行程 [m] |
Kn | クヌーセン数 |
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全ての値を properties の sheet で利用するわけではありませんが,アプリケーションソフトウェアで設定する際に,mass fraction を利用する場合もあります.
cross section of the reactor は,装置の断面積に相当します.ここでは,半径が0.1[m]の円筒を仮定して計算した値を示しています.この断面積は,反応炉内の平均流速( sheet -1 内の averaged gas velocity )を見積もる際に使用しています.
mean velocity は,Maxwell-Boltzmann分布を仮定した際の gas velocity とは異なり,飛び回っている原子分子の平均速度を意味します.flux は,成膜やエッチング,スパッタリング等の表面反応を検討する際に役立ちます.例えば,デポレートやエッチレートが分かっている場合,実効的な付着確率・反応確率を見積もることが出来ます.また,壁から放出されるガスの影響が意外と無視出来ない場合もあります.もしも,付着確率が1に近い場合,非常に低い分圧(〜0.001Pa)でも,1秒で処理基板の表面を1層覆うことが可能な粒子が入射することになります.装置の真空度が悪い場合には,汚染ガス(或はリーク等)が膜質に影響しうることも理解できます.
クヌーセン( Kn )数は,圧力が低い場合や,微小空間を検討する際,流体モデルの適用範囲内かどうか,或は,壁での slip を考慮すべきかどうか,といった検討に利用できます.
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さて,説明を sheet -1 の無次元数に戻します.
averaged Cp や averaged mixture density は,流量比を考慮した混合ガスとしての比熱,及び,ガス密度を意味します.また,averaged gas velocity は,混合ガス(流体)としての平均流速を意味します.
無次元数として知られているレイノルズ( Re )数やペクレ( Pe )数を見積もるには,特性長が必要となります.この値は,装置の形状によって決めるのが難しいことも珍しくありませんが,ここでは sheet -2 で仮定した円筒の半径と同じ値を採用しています(直径を利用したり,矩形の場合には,長い辺と短い辺の平均を利用したりします).また,熱伝達率( thermal diffusivity )を計算し,これを利用して,プラントル( Pr )数を見積もることができます.
無次元数の詳細については,流体力学の各専門書や様々な web サイトでも紹介されている通りですが,特に Pe 数は,動作圧力の低いプロセス条件では,知っておいて損のない数値だと思われます.
その他の無次元数については,更に必要となる数値があり,現在の release version では省略しています.
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3つ目の sheet -3 : Cp では,温度に依存した定圧比熱を計算しています.見積もる方法としては,NIST で公開されている形式と,JANNAFの形式と,大きく2つの方法が知られていると思います.近似式が若干異なりますが,ここでは,NIST の WebBook を利用した方法をご紹介しています.
sheet -3 : Cp
webbook の formula から調べた各係数( a 〜 e )を入力し,計算結果として Cp を得ることができます.
参考文献・web:
1)気体,液体の物性推算ハンドブック [ 第3版 ]
2)Transport Phenomena [ Wiley International Edition ]
3)プラズマプロセシングの基礎
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更新状況:
1)2008.10.08 2成分系の fluid properties,幾つかの無次元数等を算出
2)2011.8.14 Sheet-3:Cp の数値が NIST の値とマッチしていなかった点を修正
3)2019.5.31 Sheet-1:分子流領域・遷移領域での拡散係数の見積を追加(web では未紹介)
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