CVD装置のテーパーを有するガスノズル形状の検討例
( Flow analysis of gas injector on taper angle for chemical vapor deposition reactor
)

CVD( Chemical Vapor Deposition )装置では,複数のガスが流量が制御されて導入されます.例えば,1/4インチという細い配管が用いられ,そのパイプを通じて導入されたガスは,そのまま反応炉(リアクターのチャンバー)に接続されることもありますが,多くの場合,複雑な構造をしたガス導入口を介してチャンバーに導入されます.

化合物半導体の成膜プロセスでは,気相中で生じる反応を基板から遠い場所で生じさせないように別々に供給されることが多く,基板の近傍で混合させる手法がしばしば用いられます.この際,ガスを効率良く混合するために様々なアイディアが利用されていますが,ガスの逆拡散を抑制することも兼ねて,複数の小さな孔から導入する場合が少なくありません.しかし,成膜対象となる基板の面積は大口径化が進んでおり,小さな孔から導入されたガスを効率良くできるだけ均一に基板上へ供給するために,その方法の検討が不可欠となっています.

ここでは,半導体製造装置に限りませんが,ガスが流れる面積(流路)を増やすためにしばしば用いられるテーパー角に注目し,基礎的な計算条件を比較しつつ,シミュレーションで考慮する際に注意すべき点を取り上げたいと思います.なお,本計算は層流を仮定し,乱流モデルについては別の機会に取り上げる予定です.

1.構造格子( Structured Grid )vs 非構造格子( Unstructured Grid )

始めに,シミュレーションで考慮する計算格子(グリッド,メッシュとも呼ばれます)が計算結果に与える影響について検討してみます.計算モデルは,二次元軸対称とし,Fig. 1 に示すような領域を考えてみます.

テーパーを考慮した二次元軸対称モデル

Fig. 1 二次元軸対称の計算モデル

円管(直径 1mm)を 5mm 進んだところで,中心から40°の角度で開いたテーパーの部分を経て流路を広げることを目的として作成してみました.ガスの反応はここでは考えていませんが,TMGa(トリメチルガリウム)が H2 で希釈されて導入される,と仮定しています.inlet に対する境界条件として質量流量(mass flow)を,また outlet に対して圧力( 1e5 Pa )を規定しています.壁の温度は 77℃(350K)としました.

構造格子で作成されたモデルを用い,ガスの流れを計算してみます.Fig. 2 のモデルは総セル数が 953セルとなっています.

構造格子(セル数953)

Fig. 2 構造格子を用いたモデル(セル数:953)

計算結果として,流れ関数(Stream Function)と速度ベクトルを Fig. 3 に示します.なお,速度ベクトルは,比較し易いように,以下の図において同じ場所で示しています.

構造格子を用いた計算結果(セル数953)

Fig. 3 流れ関数と速度ベクトル(構造格子:953セル)

テーパーを利用して最終的にはガスの流れが広がりますが,定常的な循環流(渦)が発生していることを示しています.

次に,セル数を少し減らして,669セルで計算してみます.

構造格子(セル数669)

Fig. 4 構造格子を用いたモデル(セル数:669)

構造格子を用いた計算結果(セル数669)

Fig. 5 流れ関数と速度ベクトル(構造格子:669セル)

循環流の中心はほとんど移動しておらず,流れはほぼ再現しています.

次に,非構造格子を用いた計算例を示します.Fig. 6 のモデルは総セル数が 953セルとなっています.

非構造格子(セル数762)

Fig. 6 非構造格子を用いたモデル(セル数:762)

狭い部分では,ある程度小さな grid を用いています.この格子を用いて計算した計算結果を Fig. 7 に示します.

非構造格子を用いた計算結果(セル数762)

Fig. 7 流れ関数と速度ベクトル(非構造格子:762セル)

循環流が発生している点は同じですが,循環流の中心の位置は,明らかに異なっています.計算セル数を倍以上に増やしてみたものを Fig. 8 及び Fig. 9 に示します.

非構造格子(セル数1825)

Fig. 8 非構造格子を用いたモデル(セル数:1825)

非構造格子を用いた計算結果(セル数1825)

Fig. 9 流れ関数と速度ベクトル(非構造格子:1825セル)

計算結果は,セル数が762の場合と,大差ない結果となっています.

更に,細かい格子を用いてセル数も増やしてみます.

非構造格子(セル数3416)

Fig. 10 非構造格子を用いたモデル(セル数:3416)

非構造格子を用いた計算結果(セル数3416)

Fig. 11 流れ関数と速度ベクトル(非構造格子:3416セル)

セル数を増やすことにより,循環流の中心の位置は構造格子を用いた結果と近づくことが分かりますが,そのセル数の比は5倍にも達しています.

非構造格子のモデルは,見た目は細かくて解析には十分と思えますが,今回のように循環流の中心の位置を正しく計算出来ない可能性があることを意識しておく必要があります.循環流の中心の位置が異なると,気相中の反応によりパーティクルが生成するような場合に,そのパーティクルの見積りが変わったり,逆拡散するガスの見積りが変わったりする可能性が考えられます.


2.テーパー角度と流れ関数( Stream Function )の変化

次に,流路を広げるために設けられたテーパー角を 20°→ 30°→ 40°→ 50°と広げた際の Stream Function の違いを確認します.中心軸からのテーパー角度 20°の条件を Fig. 12 に示します.流量や圧力等の境界条件は,上記のモデルと同じ条件を仮定しました.

stream function : taper angle 20

Fig. 12 流れ関数(テーパー角:中心軸から 20°)

テーパー角度 20°では,本計算条件ではガスの循環流はほとんど生じることなく,流路の断面積はスムーズに広がっている様子を示しています.

stream function : taper angle 30

Fig. 13 流れ関数(テーパー角:中心軸から 30°)

テーパー角度 30°では,テーパーを形成している部分で循環流が生じており,テーパーの終端部よりも先で,ガスの流れが outlet に向って揃う様子が分かります. 

stream function : taper angle 40

Fig. 14 流れ関数(テーパー角:中心軸から 40°)

テーパー角度 40°では,30°の場合よりも循環流が大きくなり,より離れたところで流れの向きが揃うことが分かります.

stream function : taper angle 50

Fig. 15 流れ関数と outlet における速度ベクトル(テーパー角:中心軸から 50°)

テーパー角度 50°では,循環流がより遠くまで成長し,outlet において逆流が生じてしまう結果となっています.循環流は,パーティクルの生成を助長する,といった懸念事項となる場合が多く,装置形状の最適化の観点からは,多くの場合好ましくありません.また,非構造格子で計算した結果は,循環流の長さを短く見積もる傾向があるため,非構造格子の計算結果で問題ないと判断された結果が,構造格子で計算し直すと問題が見つかる可能性もあり,そういう観点からも,構造格子を用いた検討結果の方が好ましいと言えます.

ちなみに,化学種(ガスの混合)を考慮する計算では,outlet で逆流が発生する際,どのような条件でガスが逆流するかを事前に知ること(境界条件として与えること)は困難なため,逆流が生じないように計算モデルを検討し直す必要があります.また,本 Stream Function の結果(循環流の様子)は,テーパー角だけではなく,流量や圧力の影響も当然受けることになりますので,あくまで定性的な議論に留まりまることをお断り致します.


3.inlet 近傍における逆拡散( Back Diffusion )の影響

CVD プロセスのように,複数のガスを混合・反応させるプロセスでは,ガスの拡散も注意すべき点の一つとなります.ここでは,inlet 近傍における逆拡散の影響にフォーカスしてみます.

上述の計算モデルでは,TMGa と H2 が一つの inlet から導入される条件でしたが,ここで,NH3 が隣接した inlet から導入されると仮定します.以下,二次元の計算モデルの概略を示します.

two flow model with different gas mixture

Fig. 16 inlet が隣接するモデル( two flow model )

出口圧力は 1e5 Pa を仮定しています.上下の境界条件は,対象となる装置構成により,壁と考えるか,対称境界と考えるか,或は周期境界と考えるか,いずれもあり得ますが,始めに対称境界( symmetry )とした場合の結果を示します.

stream function with symmetry BCs

Fig. 17 流れ関数(上下は対称境界)

velocity magnitude ( symmetry BCs )

Fig. 18 流速分布(上下は対称境界)

次に,上下の境界を周期境界とした場合の流れ関数及び流速分布を以下に示します.

Fig. 19 流れ関数(上下は周期境界)

Fig. 20 流速分布(上下は周期境界)

速度分布は,Taper 付近でほとんど変化しませんが,周期境界にすると,上下の境界で cross flow が生じており,より拡散が進むことが予想されます.

以下に,gas species の質量分率( mass fraction )を比較します.始めに,上下に対称境界を用いた結果を示します.

TMGa mass fraction ( symmetry BCs )

Fig. 21 TMGa の質量分率(上下は対称境界)

H2 mass fraction ( symmetry BCs )

Fig. 22 H2 の質量分率(上下は対称境界)

NH3 mass fraction ( symmetry BCs )

Fig. 23 NH3 の質量分率(上下は対称境界)

次に,上下に周期境界を用いた結果を示します.

TMGa mass fraction ( cyciic BCs )

Fig. 24 TMGa の質量分率(上下は周期境界)

H2 mass fraction ( cyciic BCs )

Fig. 25 H2 の質量分率(上下は周期境界)

NH3 mass fraction ( cyciic BCs )

Fig. 26 NH3 の質量分率(上下は周期境界)

周期境界を用いた結果は,コンターの色の境のラインが,Taper の付近では,ガスの進む方向に対して等半径の円を描くようになることが分かります.

以上の計算では,CFD-ACE+ のオプションの一つ,Cut Diffusion at Inlet を使用しています.このオプションは,inlet から拡散によって gas が流出するのを強制的にカットするもので,流入するガスの質量を正確に定義したい場合に,しばしば用いられます.

しかしながら,このオプションを用いる場合,一つ気をつける点があります.例えば,NH3 の質量分率の結果を見ても分かるように,上の inlet から流入した NH3 が,下の inlet の Taper 部分の先まで拡散していることが見て分かります.比較のために,Cut Diffusion のオプションを利用しないで計算した結果を以下に示します.

TMGa mass fraction ( without Cut-Diffusion at inlet )

Fig. 27 TMGa の質量分率(上下は周期境界,Cut-Diffusion 無し)

H2 mass fraction ( without Cut-Diffusion at inlet )

Fig. 28 H2 の質量分率(上下は周期境界,Cut-Diffusion 無し)

NH3 mass fraction ( without Cut-Diffusion at inlet )

Fig. 29 NH3 の質量分率(上下は周期境界,Cut-Diffusion 無し)

コンターで比較する限り,あまり大きな違いは見られません.しかし,この Cut-Diffusion の有無によって,flow rate が本来の設定値から大きく外れてしまいます.mass flow inlet を用いたシミュレーションでは,net の 値が設定値になるように計算されますので,inlet で指定していない gas species が拡散によって出て行く流量を補うように,指定している gas mixture が余分に供給されます.指定する流量が少ない場合や,圧力が低い場合,この逆拡散による影響は非常に大きく,一般に無視できません.

このような逆拡散は,実際の反応炉でも生じているはずなのですが,Cut Diffusion のオプションを利用せずに流量を設定値に近い値として解析するには,計算領域を広くとる必要があります.

以下に,Taper の入り口までの距離を 5 -> 50 mm に延ばした計算結果を示します(表示しているスケールは違いますが,Taper までの助走距離に相当する長さが違う以外は,計算条件は同じです).

TMGa mass fraction ( without Cut-Diffusion at inlet, long inlet )

Fig. 30 TMGa の質量分率(上下は周期境界,Cut-Diffusion 無し,助走距離:50mm)

H2 mass fraction ( without Cut-Diffusion at inlet, long inlet )

Fig. 31 H2 の質量分率(上下は周期境界,Cut-Diffusion 無し,助走距離:50mm)

NH3 mass fraction ( without Cut-Diffusion at inlet, long inlet )

Fig. 32 NH3 の質量分率(上下は周期境界,Cut-Diffusion 無し,助走距離:50mm)

導入されたガスは,異なる inlet の上流に向けてお互いに拡散します.特に,下の inlet ( inlet-1 )に向けて,上の inlet( inlet-2 )から導入された NH3 が拡散している様子がよくわかります.

実際に,各 inlet における流量がどう計算されているのかを以下の表に示します.

Table. 1 2つの inlet において計算された質量流量( Cut-Diffusion の有無,助走距離の長い inlet )

mass flow rate at each inlet

Cut-Diffusion を用いている場合,逆拡散はカットされるために,例えば,inlet-1 における NH3 の流入量はゼロとなります.しかし,Taper までの助走距離が 5mm と短い場合,CutDiffusion を考慮しないと,下の inlet-1 における NH3 の流入量は -1.368e-6 kg/s/m,すなわち,1.368e-6 kg/s/m が計算領域から外に流出していることを示し,net の値が設定値となるように,TMGa と H2 が相当量,余分に流入する結果となっています(H2 にいたっては,およそ1.5倍の流量となっています!).同様に,TMGa と H2 は inlet-2 から拡散によって流出し,NH3 の流量もその影響を受けることが分かります.

助走距離を 50mm に延ばした計算モデルでは,Cut-Diffusion を用いなくても,目標とする流量とほぼ一致した流量が流入していることが分かります.また,Taper 付近よりも更に上流側に逆拡散する様子を考慮した,より現実的な結果が得られることが分かります.

計算時間との兼ね合いにおり,ここに示したような長い助走距離を準備できない,という場合も少なくないでしょう.実際には,case by case で対処することになりますが,このような境界条件や計算モデルが与える影響を確認しておくことは,決して損ではないと弊社は考えています.


今後は,two flow モデルに寄生成長( parasitic deposition )を考慮し,逆拡散の影響とともに検討した結果をご紹介する予定です.


更新履歴:

1.構造格子( Structured Grid )vs 非構造格子( Unstructured Grid ) : April 30 2010
2.テーパー角度と流れ関数( Stream Function )の変化 : May 3 2010
3.inlet 近傍における逆拡散( Back Diffusion )の影響 : June 12 2010

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