CFD-ACE+ を用いたエアロゾル粒子の軌跡シミュレーション
(Simulation of aerosol particles trajetories using CFD-ACE+
)

はじめに

昨今のコロナウイルスに関するニュースを見ると,「マスクは本当に役に立つの?」「2m 離れたら感染しないの?」という疑問を感じる方も少なくないのではないでしょうか。政府やマスコミは,その理由をきちんと説明できず,依然として「正しく怖がる」方法は明瞭に示されていないように感じられます。

コロナウイルスに関する論文や信頼性の高そうな公的機関の web を調べてゆくうちに,浮遊する粒子の大きさとウイルスの数や寿命を考慮することで,多くの疑問を説明できることに気づきました。勿論,定量的な議論のためには,より多くの計算とより高精度のモデル化による検証が必要ですが,ウイルス感染のメカニズムを理解するには,物理現象を考慮した輸送現象の理解が不可欠と考えます。

今回,CFD-VisCART を利用して人の形をした CAD データ(引用 [1])に対して,体の表面近傍に細かな grid を生成し,CFD-ACE+ の Flow(流れ), Heat(熱), Turbulence(乱流), および Chemistry(化学種・反応)を利用し,冬場の部屋の中の空気と,鼻から呼吸によって吐き出される水蒸気の輸送を計算しました。さらに,その結果を利用し,人の顔付近に浮遊するエアロゾル粒子を想定した粒子(粒径は,小さい方から 5,20,80,および 320 μm)がどのように輸送されるかをSpray(スプレー)モジュールを追加して計算しました。

結論としては,20 μm 以下の粒子は空気の流れにのって運ばれ,320 μm の粒子はすぐに落下しますが,80 μm の粒子は,落下しつつも気流にのって運ばれるものも多く存在し,人に付着する粒子の大半は 80 μm のサイズが最も多い,という興味深い結果が得られました。以下に,計算条件と合わせてご紹介します。

計算モデル

計算に利用した grid の概要を Fig. 1(アニメーション)に示します。

computational grid_Y_cut_animation

Fig. 1 計算グリッド

計算領域は,人の足元を原点として,後方 500mm,前方 2000mm,横は各々 1500 mm,高さは足元から 2500 mm,としました。

grid_zoom_01.png

grid_zoom_02.png

grid_zoom_03.png

Fig. 2 計算グリッド(部分的に拡大)

今回の試験的な計算条件は以下の通りです。

部屋の温度: 10℃

鼻以外の人の表面温度: 20℃

鼻と鼻から出る空気(N2/O2/H2O)の温度: 35℃

部屋の空気の組成(質量分率): N2/O2 = 0.89/0.21

1回の呼吸で鼻から吐き出される気体の組成:500 cc の N2/O2 + 水蒸気 0.1 g

本計算モデルでは,NHK の web(引用 [2])を元に,4秒に1回,500 cc の息を吐き出すと仮定しました。また,水蒸気量は,500 cc の空気に存在し得る飽和水蒸気量の半分程度と仮定して見積もっています。

呼吸の際,はく量や吸い込む量の時間変動は,単純なモデルとして,サインカーブに従うと仮定しました。1/2 周期で 500 cc の空気+水蒸気をはき出し,次の 1/2 周期で等質量の空気を吸い込みます。

また,浮遊している粒子の蒸発・凝縮については,本モデルでは割愛しています。

計算結果

Fig. 3 に,鼻から吐き出す水蒸気のモル分率の変化(20秒間:呼吸5回)を示します(最大値を 0.01 に固定し,0.01以上の部分も赤く表示しています)

H2O_all_2_anim.gif

Fig. 3 呼吸で吐き出す水蒸気(モル分率)の変化(呼吸5回,20秒)

部屋の空気が冷たいと,浮力の影響で体の周囲では上昇気流が発生し,暖かい水蒸気も天井付近に漂うことが分かります。

次に,上記の結果を新しい初期条件とし,人の顔の近くに直径が 5,20,80,および 320 μm をランダムに 100個ずつ配置し,20秒間の間に移動する様子をシミュレーションしてみました。粒子の密度や熱伝導率は,水と同様です。床や壁,人の体に触れた粒子は,その場所に付着する条件としました。

始めに,全ての粒子の軌跡を色分けした様子を示します。色は,0 〜 20 秒に対して,青から赤に変化します。下に落ちてゆくものもあれば,人の上部に運ばれてゆくものもあることが分かります。

all_20s.png

Fig. 4 全粒子の軌跡(0 〜 20 秒)

次に,粒径ごとに分けた図を示します。

320 μm の粒子は,重力の影響ですぐに落下してゆくことが分かります。

320um_20s.png

Fig. 5 粒径:320 μm の粒子の軌跡

80 μm の粒子は,顔から離れたものの多くは重力の影響で落ちてゆきますが,体の周囲の気流にのって移動し,体に衝突・付着するものも少なからずあります。

80um_20s.png

Fig. 6 粒径:80 μm の粒子の軌跡

20 μm の粒子は,重力の影響で流れが遅いうちは少しずつ落下してゆきますが,浮力による上昇気流にのって天井に向けて輸送される様子が分かります。

20um_20s.png

Fig. 7 粒径:20 μm の粒子の軌跡

5 μm の粒子は,重力の影響がさらに弱まり,より簡単に上昇気流にのって天井付近に輸送されてしまうことが分かります。

5um_20s.png

Fig. 8 粒径:5 μm の粒子の軌跡

ところどころに付着する粒子の粒径と場所についてはどうでしょうか。Fig. 9 に,付着した粒子のみを示します。鼻の上に若干付着した粒子もありますが,頭上や胸の部分に 80 μm の粒径の粒子が比較的多く付着することが分かりました。重い粒子は下に,軽い粒子の一部は天井に付着することが分かりました。

stick_all_20s.png

Fig. 9 床や壁,体に付着した粒子

頭上や胸の辺りに付着する理由は,速度分布と考え合わせると理解できます。浮力によって生じる上昇気流が顔だけでなく,頭の裏側でも生じている場合,頭上では流れが淀む場所になります。80 μm の粒子は,上昇気流にのり切れず,重力の影響で頭上に着地します。胸部についても,流れがゆっくりになり,若干でも人に向かう流れのある領域では,上昇気流にのれなかった粒子がゆっくりと体に着地することになります。

vel_vector_20s.png

Fig. 10 顔付近の速度ベクトルと付着した粒子

考察

今回は室温が低い状況を想定していますが,この場合,浮力による上昇気流が無視できない結果となりました。仮に,冬場のエアコンを利用していないような部屋を想定した場合,小さなエアロゾル粒子は長時間,部屋の上部を浮遊していることが予想されます。逆に,夏場は浮力の影響がほとんどないため,上昇気流は起きにくく,エアコンなどの強制的な流れが支配的になると予想されます。

湿度の影響については,ウェザーニュース(引用 [4])が論文を引用して湿度が高いとウイルスの寿命が短い,というグラフを紹介しております。引用している論文は,US National Library of Medicine National Institutes of Health のジャーナルで,Harper 等が1961年に発表した論文(引用 [3])ですが,「では,なぜ湿度が高いとウイルスの寿命が短いのか?」という疑問については解明されていません。

2018年の The Journal of Infectious Diseases に掲載された論文(文献 [5])では,相対湿度に関係なくエアロゾルと液滴に保持される,ことが発表されています。これらの論文を読む限り,ウイルスの寿命と湿度の関係については,現在もきちんと理解されていないように思われます。これは,個別の実験環境や現実の環境が,同じ土俵の比較になっていないからではないかと思われます。

今回の計算結果と,エアロゾル粒子は粒径が変化することを考慮すると,湿度が高い環境でウイルスの「みかけ」の寿命が短いことを説明できます。すなわち,エアロゾル粒子は,冬場の乾燥した状況(もしくはエアコンの影響で乾燥している部屋の中)では,飽和蒸気圧が低く,粒径も小さくなりますので,結果的に浮遊している時間が長くなります。逆に,夏場や梅雨時の湿度が高い状況では,飽和蒸気圧が高く,粒径も大きくなりやすいため,室内に浮遊している時間が相対的に短くなることが予想されます。

熱帯の高温多湿の国でも感染は広がっていますが,これは,主に空調している環境で(人々が生活する部屋の中,などを介して)感染が広がった,と考えると無理なく理解できます。また,欧州で急激に感染が広がった理由も,飛沫感染が主な理由ではなく,粒径の小さなエアロゾル粒子を介して広まった,と考える方が自然です。エアロゾル感染については,新聞社でも取り上げるところが増えており(例えば,引用 [6][7]),濃厚接触,という非常に曖昧で分かりにくい説明よりもはるかに理解し易いと思われます。

マスクは,飛沫を含む比較的粒径の大きな粒子に対して効果が期待できます。(花粉症対策として市販されているマスクの場合)5 μm 未満の小さな粒子に対しては,マスクを通過したり,マスクと顔の隙間から拡散してしまいますので,できるだけ隙間を作らないようにすることが大切です。(WHO が言うように)マスクによる防止はあまり期待できないことも理解できます。1 μm 以下(※コロナウイルスの大きさは 0.1 μm と更に小さいサイズです)の微粒子は,ブラウン運動の影響が支配的となり,重力によって落ちてくることはほとんど期待できません。したがって,ウイルスが生きている限り,エアロゾル粒子と一緒に部屋の中を漂っていることになります。

なお,マスクの有用性や注意点については,「新型コロナウイルスや花粉症でのマスク装着に関する日本エアロゾル学会の見解」 も是非参考にして頂けたらと思います。また,4/3 に香港大学のグループが,市販されているマスクでも非常に効果があることを確認した 論文 を発表しています(4/4 追記)。

微粒子は目に見えず,不安を完全に解消することはできませんが,身近な例としては,タバコの煙を思い浮かべると分かりやすいと思います。歩きタバコの人とすれ違った際,その人が歩いた後を歩くとタバコ臭い!,と思った経験はないでしょうか? 微粒子の拡散は,喫煙者がはくタバコ臭い息が拡散している様子に似ています。風がなければ,すれ違う前はタバコの嫌な匂いはしませんが,すれ違ったとたん,数秒間は匂いが気になることもあります(私は,歩きタバコの人とすれ違う時,数秒間息を止めることが多いです)。また,喫煙者が一人でもいる分煙されていないカフェでは,少し離れていてもタバコの匂いが気になる人もいると思いますが,ウイルスも同じように部屋の中を漂っていることができますので,2 m という距離にそれほど意味がないことも理解できるのではないでしょうか。言い換えると,1 m でも Ok の場合もあれば,5 m でも感染する可能性はあり,その時の(風上・風下,部屋の中の滞在時間,などを含めた)状況によって対処することが必要です。

ウイルスの実際の寿命については,流体力学から結論付けることは勿論できませんが,以上の理由から,空気中の飽和蒸気圧とエアロゾル粒子の粒径(および継時変化)と滞在時間を考慮すると,クラスターの発生も無理なく説明できます。また,感染防止対策としては,換気が重要なことは明らかです。冬場,部屋の温度が低く,また乾燥している環境では,加湿器を利用して部屋の水蒸気の飽和度を上げることにより,浮遊しているエアロゾル粒子の割合を低減できる可能性があります(※環境に大きく依存することが予想され,実際の状況に近い計算で確認する必要があり,保証はできませんが,シミュレーションすることで対策を練りやすくなります)。また,本検討が定性的に正しければ,梅雨の頃には国内の多くの場所で感染者の発生が非常に少なくなっていることが期待されます。

飛沫感染に対する軌跡については,計算条件を色々と調査したところ,2013年に中国の研究グループがJournal of The Royal Society Interface に発表した例(文献 [8])が参考になりそうです。粒径分布が大きく2通りあることが調べられており,計算モデルを準備・検討したいと思います。

追記1(2020/03/20)

住居内に侵入する花粉を調べた文献[9] によると,飛散中のスギ花粉の粒径分布は屋内外共に 25 μm 以上と 5 μm をピークとする双峰型で,とくに室内測定のアレルゲン量の結果は 5 μm のピークが顕著,とのことです。花粉症のシーズンは,5 μm もしくはそれ以上の粒径のエアロゾル粒子が室内に多く浮遊し,ウイルスをくっつけて浮遊している可能性も考えられます。床がフローリングの場合,水拭きをするなどして床を綺麗にしておくと,エアコンを利用している環境でも,床に落ちたエアロゾル粒子を巻き上げる可能性が低くなります。花粉症対策に似ていますが,床掃除(可能であれば水拭き)も機会を増やす方が良いと思います。

追記2・修正(2020/04/02)

欧米で急拡大している原因は,BCGワクチン接種の有無・相違が指摘されています。

その他に考えられることとして,石やレンガを使った古い建物が多いためではないかと推測しています。日本では木造建築が多く,大半の建物物は築数10年以内です。木造建築の場合,石材よりも外気温の影響を受けやすく,外が暖かくなると建物内もすぐに暖かくなり易いです。一方,石造建築の場合は,冬場,暖房がないとかなり寒い環境が長期間に渡って続き,今回計算したような状況が長期間続き易くなることが予想されます。また,古い建築物の場合,換気も不十分なところが多いと予想しております(検索すると,イタリアのアパートはカビが多い,という記事が多く見つかります)。このような状況では,例えば一階に感染者がいると,上昇気流にのった空気が二階以上に拡散して,直接 face to face で合わなくても,建物の中で勝手に感染が広がる可能性が高くなります。実際のところは分かりませんが,エアロゾル粒子が拡散しやすい住宅事情が関係しているのではないか,と予想しています。


参考文献・web

[1] 人の CAD Data は,GrabCAD のデータを利用させて頂きました。

[2] ヒトが呼吸する空気の量...NHK

[3] Airborne micro-organisms: survival tests with four viruses...J. Hyg., Camb. (1961), 59, 479

[4] インフルエンザウイルスの寿命は湿度で決まる...ウェザーニュース

[5] Influenza Virus Infectivity Is Retained in Aerosols and Droplets Independent of Relative Humidity...The Journal of Infectious Diseases

[6] 新型コロナで可能性指摘 「エアロゾル感染」とは? ...日本経済新聞

[7] 「エアロゾル感染」可能性認める 中国政府 新型肺炎 「飛沫」より感染力 ...産経新聞

[8] Characterizations of particle size distribution of the droplets exhaled by Sneeze...Journal of The Royal Society Interface

[9] 住居内侵入スギ花粉エアロゾルに関する研究 : 粒径分布・換気量・落下構造...日本建築学会計画系論文集


関連ニュース(2020年3月18日)

新型コロナ「エアロゾル」で3時間生存 米研究グループが発表

コロナ、空気中に最大3時間残存 米チーム、微粒子状で感染力保持

New coronavirus stable for hours on surfaces


更新履歴

2020年3月16日 upload。

2020年3月18日 マスクの効果,および,加湿器の効果に関する予想を追記。

2020年3月22日 欧米で感染が急拡大している原因の可能性の一つを追記。

back to home > products > CFD-ACE+


© 2008- ATHENASYS Co., Ltd. All Rights Reserved.